‘いろいろ’ カテゴリーのアーカイブ

共同行動から

2009 年 12 月 16 日 水曜日

「奉祝式典」は終わった。でも「次」がある?  

中村ななこ

 さぁ、私たちの行動も、いよいよ大詰め。自民党および超党派の国会議員は「在位20年」当日の11月12日を「祝日」とする法案を10月末に出す予定で調整をしたようだが、結局民主党との最終調整がつかずに提出断念。やったねぇ~! 当日が祝日にならないというのは、「国民こぞって」祝おうとするもくろみが崩れたということだ。まぁ、私たちの運動の成果とはちょっと言いにくいが、それでもめでたいことではある。それでも一抹の不安。休みになることを前提に、当日の行動を組んでいたわけだし、勤め人は休みを取らねばならず、行動に参加する人もグッと減るんじゃないかと思われ……。お天気も悪そうだし……。加えて12日にはオバマ米大統領の来日が決定し、東京の中心部は厳戒態勢になることも予想された。結局、オバマの来日は一日ずれたが、警備はかなりのものだった。

 当日はそれどころじゃなかったので、全部あとになって見たり聞いたりした話ではあるが、新聞は各紙とも「在位20年」を大きく取り上げ、社説、20年を振り返る記事を掲載した。また内閣官房・内閣府は記念式典を呼びかけ、「●天皇陛下御在位20年を記念し、国民こぞってお祝いするため、本日(11月12日)、天皇皇后両陛下のご臨席のもと、政府主催の記念式典を東京の国立劇場で行います。●国旗を掲げて御在位20年をお祝いしましょう。●各種慶祝行事も行われます。詳細は、首相官邸HPをご覧ください。」という政府公報を全国各誌に掲載した(計73紙)。小さい囲みのものではあるが、これってやっぱり「祝意の強制」されてる気持にさせる。よくみれば、各企業が祝意を表した広告、奉祝関連の記念出版物の広告などが満載である。
 テレビはもちろん式典の様子を映し出し、EXILEが熱唱しているところ、日の丸の小旗を振っている人びと、そして二重橋に立って手を振っているアキヒトとミチコ。この様子は翌日の新聞各紙も大きく報道した。この式典に先立ち、天皇夫婦は記者会見をし、また当日には「おことば」も述べた。

 想像していたことではあるが、多くの人びとはそんなこととは関係なく、普段と変わりない日常のなかにいたはずである。新聞やテレビで報道しているのは知っているし、そういう日だという認識はあっても、主体的に行事に参加する人は少なかったと思う。皇居前に集まった人の中には前回同様、EXILE目当ての人たちもいたはずだし。つくづく休みになんなくてよかったなぁと思う。休みならテレビを見ちゃう人の数もずいぶん増える。テレビでは一部に私たちの行動が報道されたが、新聞には記事はない。やっぱり反対行動はなかったことにするつもりなのね。

 NHKが即位20年に合わせて世論調査を行っていて、それによると、「現在と同じく象徴でよい:82%、天皇制は廃止する:8%、天皇に政治的権限を与える:6%」だという。廃止するが8%というのは、個人的にはけっこう多いなという印象。もっと少ないかと思っていた。ちゃんといるんじゃない! 2043名の回答数の8%だから、160人ぐらい。そういう人たちがもっと声をあげていけばけっこうな数になるんじゃない?  今の世の中で声をあげていくのがたいへんなのが天皇制。それがしやすくなる工夫は、いろんな角度からみんながしていかなければならないけどね。ついでに「天皇の公務のうち、特に意義のあるものについて」という質問では、「外国訪問などの国際親善:32%、障害者や高齢者、災害の被災者の激励:20%、全国戦没者追悼式への出席など戦争犠牲者の慰霊:17%、国会の召集など国事行為:9%、国民体育大会など国内各地の行事への出席:6%、意義のあるものはない:9%」である。「意義のあるものはない」が9%、これってかなりの数字じゃない!  もっとも彼らに「皇室外交」を望む声が大きいのは困ったことだ。憲法に規定されている「公務」以外を求めている。天皇制についての質問のなかにも「天皇に政治的権限を与える:6%」というのがある。あの人たちに政治的な行動を期待する人たちもけっこういる、ということだ。鳩山首相は天皇の元首化を求める発言をしている人なんだから。

 さて、私たちの活動の大きなイベントは終了した。このニュースもあと一号を残すのみだ。「即位20年奉祝」というイベントも、大がかりなものはあらかた終わった。だけど、天皇制がなくなったわけではない。宮内庁は、今の民主党政権に皇室典範の「改正」を申し入れているのだ。小泉政権の時とは様相を変えて、新しい論議が始まるだろう。

 私たちがこの一年で積み上げてきた議論や経験を、あまり遠くないうちにまた発揮する時がくるだろうと思う。その時まで、それぞれの固有の課題のなかで考えていきたい。
 それでは、最終号を楽しみにしてね!

(なかむら・ななこ/反天皇制運動連絡会)

共同行動から

2009 年 11 月 7 日 土曜日

差別と暴力を内包する天皇制「奉祝」反対全国集会・デモへ!  

                  国富建治

 4月11日の「めでたくないぞ結婚〈50年〉即位〈20年〉 リードイン・スピークアウト集会」から公式にスタートした私たち「え~かげんにせーよ」共同行動の集会も、いよいよ大詰めを迎えている。9月6日の「ハンテン」展に続き、10月12日には〈天皇即位20年奉祝〉え~かげんにせーよフォーラム」を開催。全体会での鵜飼哲さんの講演に続き、六つの分科会で多様な討論を行った。さらに10月16日には、少人数ではあったものの「8・15実行委員会」との共催で10月31日に東京・品川の東京海洋大学で開催される、「在位20年奉祝」の意味も込めた「海つくり大会」に反対する討論会を行った。千葉と神奈川の仲間から以前の「海つくり大会」に抗議した取り組みの経験が語られた。

 さて「奉祝」側の動向だが、11月12日を一年限りの「祝日」とする法案が議員立法の形で通常国会に提出されたものの、国会解散のため廃案となったことに示されるようにまったく盛り上がっていないように思える。メディアの報道も4月の「結婚50年」ではTV、新聞を含めて大々的なキャンペーンを張ったが、8月30日の総選挙で自公政権が大敗して政権の座から転落し、民主党主導の鳩山政権が成立したという政治情勢の大変動があり、「在位20年奉祝」ムードはすっかりしぼんでしまっている。

 自民党は臨時国会開会翌日の10月27日の総務会で、11月12日を「祝日」とする法案を提出することを決め、民主党との調整に入ったと報じられていたが、最終的に調整がつかず「祝日化」はお流れとなった。他方地方議会のレベルでは「奉祝議員連盟」会長である森喜朗元首相のおひざ元・石川を皮切りに、福岡、広島、宮崎、秋田、新潟、神奈川、長崎、宮城、和歌山、岡山、岐阜、熊本、埼玉、鳥取、群馬、福島、山形、大阪、千葉、愛知の21府県議会で「在位20年奉祝」の決議が上がった(10月末現在)。注目すべきことは、この「奉祝」決議への共産党の対応がある県では不同意を込めた退場、ある県では賛成とまったくバラバラであることだ。民主党主導政権に対して「建設的野党」の立場を取るとしている共産党は、「象徴天皇制」に対しても「建設的」な態度を取るということなのだろうか。

 鳩山政権も10月6日には「奉祝」の政府式典を11月12日に国立劇場で開催することを閣議決定し、当日には皇居前広場を中心に警視庁・消防庁・郷土芸能などのパレード、夕方からは二重橋前の特設ステージで各界著名人の「お祝いのメッセージ」やEXILEが「奉祝歌」を歌う「国民式典」も行なわれる。しかし、そうしたイベントにかけた保守派・天皇主義者の思惑が「政権交代」によってかき消されがちであることも事実だろう。ましてよりによって11月12日にはオバマ米大統領が初来日し、日米首脳会談が行なわれることになっている。メディアの注目もいきおいそちらに集中することは確実だ。

 これは支配装置としての「象徴天皇制」にとって深刻な問題を突きつけている。「女性天皇」問題、皇太子妃雅子の病気と皇太子夫妻への右翼の側からの公然たる批判の噴出を含め、遠からぬ時期に予測される次の「Xデー」をめぐり、再び天皇制そのものの位置づけ論議が混乱した形で登場せざるをえないだろう。右派の側は大きな危機感を抱いている。自民党は、総選挙の過程でこの危機意識を「保守」アイデンティティーの再確立のための「反民主党」キャンペーンとして表現した。それは文字通り天皇制極右と全く同じ質のものであった。そしてこの危機意識の先端に「在日特権に反対する市民の会」(在特会)や「主権回復を目指す会」らレイシスト・排外主義集団の暴力的突出が位置している。

 私たち〈異議あり〉共同行動の出発となった「リードイン スピークアウト」集会のまさに当日(4月11日)、「在特会」は埼玉県蕨市でフィリピン人のカルデロンさん一家の「追放」を求めるデモを行い、このあからさまな排外主義キャンペーンに抗議した人たちを警察は逮捕した。8月には三鷹で「慰安婦展」の開催を妨害するために3日間にわたって会場に押し掛けた。そして8月15日の反「靖国」デモでは、大挙してデモ参加者を襲撃し、私たちの仲間を負傷させた。そして彼らは、全国で在日韓国・朝鮮人、中国人などへの排外主義的憎悪を駆り立てるデモを組織し、その行動はますます暴力的にエスカレートしている。

 私たちは「国民のために祈る」平和主義を前面に出した象徴天皇制が、暴力性と背中合わせの存在であることに目をそむけることはできない。私たちは、この差別と暴力を内包した「奉祝」式典にきっぱりと抗議する。11月12日、〈天皇即位20年奉祝〉に異議あり!政府式典反対全国集会・デモ(午後1時/京橋プラザ多目的ホール)への参加を皆さんにあらためて訴えたい。

(くにとみ・けんじ/新しい反安保行動を作る実行委員会)

共同行動から

2009 年 10 月 13 日 火曜日

「天皇制はいらない」と、言い続けること、思い続けること  

中川信明

 「天皇在位20年奉祝」決議が、各地の県議会で採決されているという。10月1日段階で、秋田、神奈川、新潟、富山、石川、和歌山、岡山、広島、福岡、長崎、宮崎の11県であがったとのこと。この11という数字が多いのか少ないのか、議論の分かれるところだが、私の印象では、決議が粛々と形式的にあがっているだけで熱気は感じられない(もしかしたら、現場は熱いのかもしれないが)。
 そもそも、国会においては、奉祝決議どころか祝日法案も通っていない。敵ながら、10月26日開会の国会で、祝日法案が間に合うのか、もし、間に合ったとしても、役所や公立学校はともかく、民間企業や私立学校は、そう簡単に休めないのではないか、と思ってしまう。しかしながら、形式であろうが、心がこもってなかろうが、「天皇陛下のことだから」と、「奉祝決議」に賛成しまったり、喜んで休んでしまう心性がこわい。これは、「君が代を心をこめて歌う」「日の丸に向かって礼をする」心性と共通しており、それは厄介なことに子どもをはじめとする私たち民衆に強制されてくるのだ。
 それは、「天皇・皇后・皇族」(および、そのシンボルとしての「日の丸・君が代」)は「特別」であるという意識を前提としている。そのことは、20年前の「天皇代替わり」期に突出し、それが「御見舞」「自粛」「服喪」「奉祝」ムードを作り出した。あの空前の盛り上がりに比べて、「即位20年」の現在は、たしかに盛り上がってはいないが、導火線に火さえつけば盛り上がる装置であることは変わらない。
 しかも、あの時は、私たちも、空前の闘いを挑んだ。「御見舞」「自粛」「服喪」「奉祝」ムードに対して、「天皇制はいらない」という声を全国各地であげた。それぞれの声は小さく、少数派であったが、あの「服喪」「奉祝」列島と化した日本社会において、「天皇制はいらない」という声を公然としてあげ、「市民権」を獲得していったのだ。残念ながら、あの時各地で闘った仲間で継続して「天皇制はいらない」と言い続けているものは少ない。しかしながら、「天皇制はいらない」と思い続けている者は少なくないと信じている。
 なぜならば、この20年間、「天皇・皇后・皇族」の「特別」扱いは何ら変わっていないどころが、ますます増幅しているのではないか、と思われる。天皇の孫である児童や幼児や乳児までも「様」がつけられ、マスコミは、気持ちの悪い敬語で書きたてる。東京都は、天皇即位の時、皇太子結婚の時、祝賀式典・祝賀事業を行い、税金を湯水のように使ったが、「天皇在位20年」で再び祝賀式典を行おうとしている(12月25日「天皇陛下御在二十年東京都慶祝の集い」於:東京芸術劇場)。
 私たちは、このような「天皇・皇后・皇族」の「特別扱い」を我慢できない。なぜなら、それは憲法でうたっているはずの「法の下の平等」に反し、差別そのものであるからだ(第14条「法の下の平等」は、憲法の中にあって「天皇条項」を撃つものであると私は考える)。「尊い者」を仕立てあげまつりあげる時、かならず「差別される者」が作り出される。「貴族あれば賎民あり」の意識は脈々と生き続けている。かつ
て、私たちは「皇太子結婚」祝賀事業違憲訴訟において、そのことを真っ向から訴えたが、裁判所は無視をし、「皇太子夫妻の特別扱い」を容認してしまった。しかしながら、私たちは、言い続ける。「天皇・皇后・皇族」の「特別扱い」はおかしい。「奉祝」などはもってのほかだ。それは差別そのものだ!したがって「天皇制はいらない!」と。
 共同行動では、10月12日「え~かげんにせーよ!天皇在位20年」フォーラムを開き、この20年を様々な視点から総括をし、「天皇制はいらない」ことを再認識する作業を行う。
 私たちは、天皇代替わり期においても2回にわたりフォーラムを行い、そのフォーラムを通じて「天皇制はいらない」という共通認識を深め、それぞれの運動へとつなげていった。今回のフォーラムは、その後の11月12日にいたる闘いだけではなく、「天皇制はいらない」と思い続け、言い続けて、ついには「天皇制廃止」をかちとる長い闘いへとつなげていければと願っている。そのためにも是非多くの方々の参加を願うものである。

(なかがわ・のぶあき/靖国・天皇制問題情報センター事務局)

衆院解散で関連法案はいずれも不成立~廃案に

2009 年 7 月 23 日 木曜日

もう誰しもご存じのことでいまさらとは思いますが、今回の衆院解散により、いくつもの問題法案も不成立になりました。
北朝鮮特定貨物の検査等に関する特別措置法案、いわゆる「共謀罪」新設を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案、児童買春・児童ポルノ禁止法改正案などに加え、
天皇即位20年関連で今年の11月12日を1年限りの休日とするという祝日法改正案も廃案になりました。

もちろん、9月以降、再度提出されるでしょうが、私たち共同行動としては、「抗議の甲斐があった」ということで、いちおう、今回については勝利したという総括にしておりますので、あしからず(笑)

(動画)めでたくないぞ!! 結婚〈50年〉即位〈20年〉

2009 年 4 月 30 日 木曜日

4月11日集会の画像です。

参加された方が撮影、編集されたものです。この日の集会の雰囲気を感じ取ってもらえるかと思います。
リンクをクリックすると別ウインドウで開きます。

http://www.youtube.com/watch?v=fpBDwLpaWF0&feature=channel

めでたくないぞ!! 結婚<50年>即位<20年>基調

2009 年 4 月 11 日 土曜日

1 「国民こぞって奉祝」に異議あり

 昨年から天皇制賛美の右翼団体や財界、自民党・民主党などの政党が総ぐるみになって「天皇在位20年」奉祝キャンペーンがスタートしました。11月12日の「即位の礼」20年の「祝日化」、政府主催「奉祝」式典と皇居前広場での大規模な「国民式典」が予定されています。大規模な「奉祝」ムードを盛り上げ、批判の言論や行動を封じ込める厳戒態勢が敷かれようとしています。
 それと合わせて昨日4月10日に「結婚50周年」イベントが開催され、「国民と共に歩み、国民の心のよりどころとなった」天皇・皇后への「一体感」がマスコミを通じて動員されています。ここでとりわけクローズアップされているのは、「初めて民間から皇室に嫁いだ」美智子の苦労話です。美智子が周囲の冷たい視線にさらされながら、いかに「皇室と国民のためにつくしたか」という物語がふりまかれ、戦後象徴天皇制への同調が組織されています。
「天皇を象徴として仰ぐ日本」という価値観、歴史解釈の押し付け、右翼の威圧・暴力を伴う批判的言論・行動の抑圧は、私たちの自由・民主主義・人権を制限し、奪うものであり、私たちはこうしたキャンペーンにさまざまなやりかたで反対の意思を表明します。

2 「20年」奉祝・天皇制賛美キャンペーンの背景

 こうした<50年><20年>キャンペーンを政財界やマスコミが大がかりに推進している背景はどこにあるのでしょうか。
一つは、すでに天皇・皇后は高齢者になっており、「代替わり」=「平成Xデー」を意識しなければならないということでしょう。しかも「女系天皇」論争、「皇太子・雅子妃」問題に見られるように、「代替わり」が不安定化し、天皇制の存続そのものが危機に直面しているという事態が浮上しています。
 二つ目は、現在の「戦後最悪」「100年に一度」とも言われる世界規模での資本主義の危機です。新自由主義的なグローバル資本主義の帰結として、格差・貧困、失業が蔓延し、「豊かな社会」といわれてきた先進資本主義国でも生存そのものの危機に私たちは直面しています。この経済・金融危機は、気候変動に代表される環境危機、食糧危機、資源・エネルギー危機とも結びつき、「資本主義の限界」という言葉も語られるようになってきました。
住民を秩序に統合するシステム、議会を通じた政治支配そのものがマヒしており、支配の正統性そのものが揺らぎ、支配的エリートたちは自信喪失しています。こうした中で、「国家」の役割を強め「伝統」に回帰することで、秩序を立て直そうという動きも浮上しています。そこでもう一度、天皇・天皇制の果たす役割をあらためて確認し、それを最大限に利用したいというのが、今回の「奉祝」キャンペーンの主要なねらいだと思われます。

3 明仁・美智子天皇制の<20年>

 「明仁・美智子」天皇制の20年は、「昭和」の侵略戦争の戦犯であるという実態から切り離すことのできない裕仁の時代を「清算」し、「平和憲法」下の象徴天皇制時代にふさわしい存在としての外交活動や、戦争・災害被害者への「慰霊・慰問」活動を大きな特徴としています。さまざまな文化的イベントなどの「公務」も裕仁時代に比べて増大しました。しかしそれだけではありません。この「20年」は、湾岸戦争以来、自衛隊が海外に派兵され、ついにアフガン侵略戦争やイラク侵略戦争に派兵し、「戦争国家」となる時代でもありました。「明仁・美智子」天皇制は「人道復興支援」などの「国際貢献」という名目で派遣された自衛隊の「労をねぎらい」、海外派兵を正当化する役割をも担ってきたのです。
 この間、支配層は「君が代・日の丸」の法制化と強制、教育基本法の改悪、首相の靖国参拝などを推し進め、さらに憲法改悪への流れを加速させています。自民党の改憲草案の第一次案では天皇の「明文元首化」と宮中祭祀の「国事行為化」なども含まれていました。
 こうした動きは米国の戦略に従属した「改憲・派兵国家化」という枠組みもあって、ストレートには進んでいませんが、田母神論文に表現されるように「対米自立」を掲げた極右勢力が、社会的なフラストレーションを吸収して支持を広げていく危険性を無視することはできません。排外主義的なナショナリズムを動員し、自由・人権・民主主義を敵視し、攻撃する流れを、私たちは食い止めなければなりません。

4 私たちはどう行動するか

 1986年の「裕仁在位60年式典」、1988~89年の「裕仁Xデー」、1990年の「即位の礼・大嘗祭」に際して、私たちは「自粛」の強要、皇室警備、右翼の威圧と暴力に抗し、自由な言論を掘り起こして、運動のネットワークを作り出してきました。
 それはさまざまな差別に対する闘いなど、日常生活の場から多様な角度で天皇制を批判するものでした。私たちは討論会、シンポジウム、全国キャラバン、パフォーマンス、そしてデモなどを積み上げて、これまでにない広がりで「天皇制反対!」の声を生み出していったのです。
 この成果は「在位10年奉祝」反対の運動、天皇出席行事(国体、植樹祭など)、「皇室外交」への批判、そして反靖国、「日の丸・君が代」強制反対運動などにも引き継がれ、各地でねばり強い取り組みが続いています。
 今、私たちは資本主義の世界的な危機がもたらす格差・貧困・失業の深刻化の中で、自由と権利が抑圧され、生存そのものが日々脅かされる状況に直面しています。憲法改悪・戦争国家体制作りが勢いを増し、差別と排外主義の意識が煽られています。私たちは、この厳しい現実の中から人びとが尊厳をもって自由に生きる公正な社会を求めて、天皇制などにからめとられることのない人と人との結びつきを作り出していきたいと思います。
 この<20年奉祝>に異議あり!共同行動が、そのための多様な問題提起、情報交換、おたがいの協力を進めていく媒介となり、<天皇制はいらない>の意思をもっともっと広く示していくために共に語り、行動しましょう。とりわけ「即位の日」の「臨時休日化」法案に反対し、11月政府式典にNO!と訴える大きな行動を作り上げましょう。